「具体と抽象」を行き来する思考法とは
忘れられない会議が2つある。ひとつは、私が新サービスの構想を熱く語ったあと、役員に「たとえば?」と聞かれて、何も出てこなかった会議。もうひとつは、現場の改善事例を延々と報告したあと、部長に「要するに何が言いたいの?」と聞かれて、また何も出てこなかった会議。
上に登れと言われても登れず、降りろと言われても降りられない。当時は自分の頭の悪さの問題だと思っていたが、あとから細谷功さんの『具体と抽象』という本を読んで、膝を打った。あれは賢さの問題ではなく、「思考の階段」の上り下りという、練習可能な技術の問題だったのだ。この概念は私の発明ではないので、今日は細谷さんの枠組みを借りながら、私の実践の話を書く。
思考には「階」がある
具体と抽象は、優劣ではなく高さだ。「ポチ」の上に「犬」があり、その上に「哺乳類」があり、さらに上に「生き物」がある。上の階ほど広く一般化でき、下の階ほど手触りがあって行動に移せる。 どちらが偉いわけでもなく、役割が違うだけ——まずこの「階段のイメージ」を持つだけで、仕事の風景がかなり変わる。
冒頭の私の失敗は、こう説明できる。構想を語ったときの私は上の階にいて、下に降りる階段(具体例)を持っていなかった。事例を報告したときの私は下の階にいて、上に登る階段(要するに)を持っていなかった。一つの階にしか住めない人の話は、半分の人にしか通じない。
会議が噛み合わない理由の大半は「階の違い」
この枠組みの一番の実用は、議論のすれ違いの診断だ。誰かが「顧客体験の全体を見直すべきだ」と言い(上の階)、誰かが「まず問い合わせフォームの項目を減らそう」と言う(下の階)。両者は対立しているように見えて、実は同じ話を違う階でしているだけ、ということが本当に多い。
これに気づいてから、私は会議で意見がぶつかったとき、まず「いまの話、何の階の話か」を考えるようになった。そして魔法の接続詞を使う。上の人には「たとえば、具体的には?」、下の人には「要するに、それは何のため?」。階段を一段ずつ架けるだけで、対立の半分は消える。残った対立が、本物の議論だ。
行き来の練習法:「たとえば」と「要するに」の往復筋トレ
階段の上り下りは筋肉なので、日常で鍛えられる。私がやってきたのは2つ。
1. 何かを主張したら、必ず「たとえば」を自分に課す 「もっと連携を強化すべき」と書いたら、「たとえば?」と自問する。具体例が3秒で出ない主張は、自分でも分かっていない主張だ。これはロジカルシンキングで書いたSo What?/Why So?の縦移動版と言ってもいい。
2. 具体的な出来事に会ったら、「要するに」で一段登ってみる クレームを受けたら「要するに、何への期待が裏切られたのか」。この一段の抽象化ができると、目の前の一件が「同種の問題すべて」への対処に化ける。抽象化とは、一つの経験を何度も使い回せる形に加工すること——学びの倍率がここで決まる。
注意:上の階に住みっぱなしになる病
最後に、行き来を覚えた人がかかる病気について。抽象化は気持ちがいい。「要するに」を覚えると、なんでも一般化したくなり、話がどんどん壮大で空疎になる(「これは組織文化の問題だ」と言えば、何も解決しないまま賢く聞こえる)。
細谷さんの本の要点も、抽象の礼賛ではなく往復にある。登ったら、降りる。一般化したら、明日の行動に翻訳する。地上に降りてこない思考は、仕事の世界では思考と呼ばれない——冒頭の役員の「たとえば?」は、いま思えばそれを教えてくれていたのだ。
今日ひとつだけやるなら
今日自分が言った(書いた)主張をひとつ選んで、「たとえば?」と自問してみてほしい。3秒で具体例が出たら、その主張はあなたのものだ。出なかったら——おめでとう、練習の題材が見つかった。私は最初、全部出なかった。
この往復を「伝わる順番」に組み直す話はロジカルシンキングの鍛え方、答えのほうから逆算する使い方は仮説思考に続く。
文・kyon(project転職編集部) 手帳とToDo管理が趣味なのに寝坊する、仕事術の実験台。できる人の自慢より、できなかった日の保険になる話を書いています。
最終更新:2026年7月5日
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