朝の掃除は必要か|始業前の掃除当番が消えない理由と、労働時間の線引き
新卒で入った会社で、私は始業の30分前に出社して、自分のフロアの床を拭いていた。誰からも「来い」とは言われていない。ただ、先に来ている先輩がいて、来なかった人の名前が翌日の雑談に出た。それだけだ。
10年後、人事の側で似た制度を眺める立場になって、ようやくあれが何だったのかを調べた。わかったのは、朝の掃除が労働時間かどうかは「掃除の内容」では決まらないということだ。決めるのは、断れるかどうかのほうだった。
制度上の答え:分かれ目は「義務かどうか」
労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指す——これが最高裁の示した定義だ(最高裁判所第一小法廷 平成12年3月9日判決/三菱重工業長崎造船所事件)。作業服の着用と着替え場所が義務づけられていた事案で、その着替えの時間まで労働時間と認められた。
厚生労働省のガイドラインも同じ線で書かれている。本人が「自主的にやっています」と申告していても、実際には使用者の指示で従事しているなら労働時間として扱わなければならない、と明記されている。
逆の判断もある。東京高裁 平成25年11月21日判決では、参加が任意だった朝礼や体操、そして義務づけを裏づける証拠のなかった掃除について、労働時間とは認められなかった。
つまり制度は、掃除がモップがけかゴミ出しかには関心がない。見ているのは「やらない選択ができたか」だけだ。
厄介なのは、誰も命令していない場合
ここからが現場の話になる。多くの職場の朝掃除には、命令書も当番表も存在しない。「気づいた人がやる」という言い方で、実際には毎年いちばん若い人がやっている。
命令がないから業務ではない、と会社は言う。断れないから業務だ、と本人は感じる。この食い違いが、朝の掃除がいつまでも揉め続ける理由だと思う。
判断の材料になるのは、次の3つくらいだろうか。
- 参加しなかった人が、評価や人間関係で不利益を受けているか
- 「今日は行きません」と実際に言った人がいるか(いるなら、その後どうなったか)
- 新人研修や配属時の説明に、掃除の話が出てきたか
3つめが特に効く。会社側の説明資料に載っているなら、それは会社の意思として伝えられた業務に近い。
なぜ、この慣習は消えないのか
嫌われているのに残り続けるものには、たいてい機能がある。朝の掃除には3つあると思う。
1つめは、単純にお金だ。 清掃を外注すれば費用が出ていく。社員がやれば出ていかない。これはわかりやすい。
2つめが厄介で、序列の確認装置になっている。 誰が何時に来て、誰が来ないか。掃除は「忠誠心が目に見える形になる」数少ない場面で、しかも上の世代はそれを教育だと信じている。悪意がないぶん、話し合いで解けにくい。
3つめは、場を共有する儀式としての側面。 同じ空間を一緒に整えると、人は少しだけ仲間になる。これは馬鹿にできない効果で、実際に朝掃除が機能している職場も見たことがある。
意味がある掃除と、そうでない掃除
見てきた限り、うまくいっている職場には共通点があった。全員が対象で、勤務時間の中でやっていて、抜けても何も言われない。 この3つが揃っていると、掃除は不思議と揉めない。
逆に、若手だけ・始業前・無給の3つが揃ったら、それはもう慣習ではなく、名前のついていない労働だと思う。私はそう考えている。
違和感が消えないときの一手
いきなり「これは労働時間ですよね」と切り出すと、たいてい戦いになる。効いたのは、もっと手前の一言だった。
「これって業務としてやったほうがいいですか、それとも任意ですか」
質問の形にすると、相手は答えを選ばなければならない。任意だと言われれば行かない自由が生まれるし、業務だと言われれば時間の扱いの話に進める。どちらに転んでも、その日から曖昧ではなくなる。
そして、この質問への反応でその職場の意思決定の癖がかなり見える。曖昧なまま押し切ろうとするなら、掃除以外の場面でも同じことが起きているはずだ。入社直後に何を見ておくべきかは別の記事に書いたけれど、朝の掃除は観察材料としてかなり優秀だと思っている。
朝礼についても同じ構造の話があるので、そちらもどうぞ。
今日ひとつだけやるなら
明日の朝、自分が何時に出社して何をしているかを、スマホのメモに一行だけ書いてみてほしい。それが一週間分たまると、感情ではなく事実で考えられるようになる。もし違和感が消えないなら、それは入社直後の見極めの話につながっていく。
文・kyon(project転職編集部) 手帳とToDo管理が趣味なのに寝坊する、仕事術の実験台。できる人の自慢より、できなかった日の保険になる話を書いています。
出典
- 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省・平成29年1月20日策定)
- 最高裁判所第一小法廷 平成12年3月9日判決(三菱重工業長崎造船所事件)=労働時間は使用者の指揮命令下に置かれた時間をいう
- 東京高等裁判所 平成25年11月21日判決=参加が任意の朝礼・体操、義務づけが認められない掃除は労働時間にあたらないとされた事例
※個別の事情によって判断は変わります。実際に争いになりそうなときは、労働基準監督署や社会保険労務士・弁護士にご相談ください。
最終更新:2026年7月25日
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